大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)7902号 判決
一 請求原因1(一)の事実(原告山下が本件実用新案権を有すること)は、実用新案登録請求の範囲中傍線を付した「小径孔と」の文言に関する部分を除き、当事者間に争いがない。
そして、本件考案の公告前手続補正書(弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証)の実用新案登録請求の範囲の項には、原告ら主張の「小径孔と」が記載されていること、本件公報の登録請求範囲中その個所の「大径孔とを」との記載及びその後文中に「前記小径孔」の文言がみられる(一欄三二行目)ことに照らし、原告ら主張のように公報の印刷誤りと認められるので、登録請求の範囲は原告ら主張どおりに解釈して判断を進める。
本件考案の右「実用新案登録請求の範囲」の解釈、成立に争いのない甲第一号証(本件公報)、前記甲第三号証、原告らの実施品であることにつき争いのない検甲第三号証によれば、本件考案の構成要件は請求原因2(一)記載のとおり分説しうること及び本件考案が同(二)記載の作用効果を有することが肯認される(分説の点及び作用効果の本件公報への記載は被告らの認めるところである)。
二 被告会社が昭和五八年四月初め頃からイ号物件(別紙記載の図面の詳細な説明中の「大径孔7a」、「小径孔7b」の表現について争いがある)を業として製造販売していること(請求原因3の事実)は当事者間に争いがなく、イ号物件であることにつき争いのない検甲第一号証、イ号物件の図面であることにつき争いのない別紙の図面によれば、「大径孔7a」、「小径孔7b」は単に「孔7a」、「孔7b」と表現するのが妥当であると認められる。右事実によれば、イ号物件の構成は請求原因4(一)記載のとおり分説するのが相当である(分説の点は被告らの認めるところである。ただし、「大径孔7a」、「小径孔7b」を「孔7a」、「孔7b」と読みかえる)。
三 そこで、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて考える。
1 構成(イ)´が構成要件(イ)を充足することは明らかであり、この点は被告らの認めるところである。
2 構成(ロ)´と構成要件(ロ)(ニ)を対比する。
構成(ロ)´は「だるまばねに準ずる形のばね製止め体9の曲げ両端9cが枠板8の上縁に設けた二つの切り込み8cに係止される」のに対し、本件考案は「透孔を備えかつこの透孔より放射状に延びる切り込みをもつ止め体」(構成要件(ロ))を「補強部材の相対応する内側面に回動自由にのみ取りつけ」(同(ニ))るものであり、両者が相違することは明らかである。
しかるところ、原告らはイ号物件のばね製止め体9と枠板8の構造は本件考案における止め体とその取り付けの構成と均等であると主張する。
原告らの均等の主張を肯認するためには、右両者が技術的思想において同一であることを要するところ、本件考案は、本件公報(前記甲第一号証)によると、実用新案登録請求の範囲に、止め体は「透孔を備え且つこの透孔より放射状に延びる切り込みをも」ち、かつ「回動自由にのみ取りつけ」られており、特に回動自由である点について「のみ」を挿入して強調しており、考案の詳細な説明中の止め体の記載をみると、「9は弾性力のあるはがねから作られた止め体であり、第4図に示す如くこの止め体9の外径を前記凹溝8bの直径よりも稍小径とする一方、中央に透孔9aを貫設し、且つこの透孔9aより放射状に延びる複数の切り込み9b、9b……を形成すると共に、該切り込み部をわずかに折り曲げて前記止め体9の一側面より斜めに突出させている。そしてこの止め体9を前記斜めに突出している切り込み部が前記枠板8の透孔8aに対向するよう該枠板8の凹溝8b内に挿嵌し該凹溝8b内にて回転自由となつている」(第3欄二三ないし三三行目)、「而して前記止め体9を回転自由に挿嵌せしめた補強部材7は」(第3欄三四行目)、「更に前記連結部10bの先端を前記止め体9の透孔9a内にたたき込むことで前記透孔9aを切り込み9a(9bの誤り)、9b………に沿つて拡開させつゝ前記連結部10bを止め体9に連結固定するものである。」(第4欄二一ないし二五行目)、「前記の如くして背体2及び座体1に取付けられた腕杆10、10と支え杆11、11は、前記止め体9が枠板8の凹溝8b内に回転自在に挿嵌されていることから前記座体1に対する背体2の揺動に伴なつて前記腕杆10、10と支え杆11、11もまた揺動して前記腕杆10、10に取りつけられた肘掛け12が起伏するのである。」(第4欄二八ないし三四行目)、「前記止め体を前記捕(補の誤り)強部材の相対応する内側面に回動自由にのみ取りつけ」(第4欄四〇ないし四二行目)と記載している。
そうすると、本件考案において止め体の構成が前記構成要件(ロ)(ニ)の如くしてあるのは、腕杆及び支持杆を係止するために、両杆を止め体の透孔より放射状に延びる切り込み部により連結固定する、いわば両杆を止め体の切り込み部で全面摩擦の方法をとると共に、止め体が枠板の凹溝内に回動自在に挿嵌されていることから、止め体が両杆を係止したまま枠板の凹溝内で回動し得ることによつて両杆を揺動自由にしているものと認められる。これに対しイ号物件のばね製止め体9は腕杆10及び支え杆11とは二点で接し、いわば右両杆をはさむ形で係止するものであり、その係止は不安定で、その結果右両杆の連結部10b、11bにばね製止め体をくいこませるための環溝10c11c(構成(ホ)´)を要し、しかも、ばね製止め体9の曲げ両端9cは枠板8の上端に設けた二つの切り込み8cに係止されており、回転自由ではない。
したがつて、イ号物件のばね製止め体9と枠板8の構成は、本件考案の止め体とその取り付け方法とは技術的思想を異にし、両者をもつて均等ということはできない。
すなわち、本件考案の構成要件(ロ)(ニ)は、前記特定された止め体の係止手段とそれが両杆を係止しつつ回動するという両手段の総合において座体に対する背体の揺動に伴つて肘掛けが起伏すべく成したものと認められる(証人岩崎健の証言中これに反する部分は採用できない)から、単にイ号物件におけるばね製止め体が係止機能を有し(甲第六、第七号証。証人岩崎健の証言)、杵が揺動する(請求原因5(二)(3))ところがあつても、右本件考案の係止・回動手段をとらないイ号物件の構成とは技術的思想が異なるものとしなければならない。
よつて、構成(ロ)´は構成要件(ロ)(ニ)を充足しない。
3 更に構成(ニ)´と構成要件(ホ)を対比する。
構成(ニ)´は「支え杆11及び腕杆10のそれぞれの連結部11b、10bを布地5の透孔5aと補強部材7の孔7aから、フレーム3に形成した通過凹所3aを介して孔7bにかけて貫通して、前記各孔7a、7bにより支え杆11及び腕杆10を支持」するのに対し、構成要件(ホ)は「前記支持杆及び腕杆を前記大径孔から前記フレームに形成した貫通孔を介して前記小径孔に貫通して前記各孔により前記支持杆及び腕杆を支持」するのであつて、イ号物件が本件考案の構成であるフレームの貫通孔を有しない点で両者は相違している。
ところで、原告らはイ号物件の凹部3aは本件考案のフレームの貫通孔と均等あるいは不完全利用であると主張する。
しかし、後記出願経過を参しやくすると、出願人である原告山下は本件考案の支持杆及び腕杆の支持について構成要件(ホ)の構成に意識的に限定したものと認めるのが相当であり、かかる場合には均等論あるいは不完全利用論を適用することは許されず、結局原告らの前記主張は採用できない。すなわち、
(一) 原始明細書(弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四号証)の考案の詳細な説明中には、「又これによつて前記腕杆(10)は前記大径孔(7a)、小径孔(7b)、貫通孔(3a)、(3b)の4箇所でガタ付き少なく支承される」(七頁一五ないし一八行目)と記載されているものの、その実用新案登録請求の範囲は、「座体に背体を揺動可能に枢着連結すると共に、この座体から延びる支え杆の遊端部と前記背体から延びる腕杆の遊端部とを互いに連結して、この腕杆上に肘掛けを取付け、前記座体に対する背体の揺動に伴なつて前記肘掛けが起伏すべく成した椅子であつて、透孔を備え且つこの透孔より放射状に延びる切り込みをもつ止め体を形成し、該止め体を前記背体の相対向する両側部及び前記座体の相対向する両側部の各々に回動自由にのみ取りつけ、該止め体の透孔に、前記支え杆と腕杆との各基端部を挿嵌して係止する如くしたことを特徴とする椅子」と記載し、補強部材及びその大径孔、小径孔、貫通孔に関する構成は登録請求の範囲には包含されていなかつた。
(二) しかし、原告山下は、右出願に対する拒絶理由通知(弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五号証。)に接するや、昭和五七年一一月二二日付補正書(弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証)を提出し、実用新案登録請求の範囲を請求原因1(一)記載のとおり訂正し、本件考案の構成要件(イ)(Ⅰ)、(ハ)、(ニ)と共に構成要件(ホ)の構成を加入した。
(三) そして、同日付の意見書(成立に争いのない乙第一号証)では、拒絶理由通知書において引用された公報との相違点をあげて、「……第2に前記支持杆及び腕杆を前記大径孔から前記フレームに形成した貫通孔を介して前記小径孔に貫挿して、前記各孔により前記支持杆及び腕杆を支持し、且つ前記止め体の透孔に前記支え杆と腕杆との各基端部を挿嵌して係止した如くした点である。」とし、「従つて本願考案によれば、肘掛けを前記座体及び背体に連結するための支持杆及び腕杆は、前記補強部材の大径孔から前記フレームに形成した貫通孔を介して前記補強部材の小径孔に貫挿するため、前記支持杆及び腕杆は、前記大径孔、貫通孔、及び小径孔によつて、その軸芯に対して直角方向の移動を規制されるのであり、しかも前記支持杆及び腕杆の基端部を、前記補強部材に回動自由にのみ取りつけた止め体の透孔内にたたき込むだけで、前記支持杆及び腕杆は前記止め体により係止され、前記支持杆及び腕杆は揺動自由にのみ枢支されるのである。従つて、前記支持杆及び腕杆は、前記フレームにガタ付き少なく、且つ揺動自由にのみ支承されるのである。」(一頁一七行目ないし二頁一八行目)と記載されている。
(四) そして右補正の結果本件考案が登録査定を受けたものである。
以上の事実によれば、原告山下は、フレームの貫通孔が大径孔、小径孔と共に右各孔を挿嵌する腕杆及び支持杆をガタ付き少なく支持できることを強調して、実用新案登録請求の範囲に構成要件(ホ)を加え限定したものであり、かかる限定は意識的になされたものと認めるのが相当である。そして、かかる意識的に限定した構成要件(ホ)については、均等論もしくは不完全利用論は適用することは許されないものと解するのが相当である。
したがつて、構成(ニ)´は構成要件(ホ)を充足しない。
4 以上のとおり、イ号物件は、その余の点につき判断するまでもなく本件考案の技術的範囲に属しない。
四 したがつて、被告会社が業としてイ号物件を製造販売することは本件実用新案権を侵害するものではないから、右侵害を前提とする原告らの本件請求はすべて理由がない。
よつて、原告らの本訴請求はいずれも失当として棄却することとする。
〔編註〕本件における実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
「座体及び背体をフレームにより構成し、前記座体に前記背体を揺動可能に枢着連結すると共に前記座体から延びる支え杆の遊端部と前記背体から延びる腕杆の遊端部とを互いに連結して、この腕杆上に肘掛けを取付け、前記座体に対する背体の揺動に伴なつて前記肘掛けが起伏すべく成した椅子であつて、透孔を備え且つこの透孔より放射状に延びる切り込みをもつ止め体を形成する一方、前記座体及び背体を構成する各フレームの相対向する位置に補強部材を嵌着固定し、且つ前記補強部材の相対向する側壁に大径孔と小径孔とを形成すると共に、前記補強部材の相対向する内側面に回動自由にのみ取りつけ、さらに前記支持杆及び腕杆を前記大径孔から前記フレームに形成した貫通孔を介して前記小径孔に貫挿して、前記各孔により前記支持杆及び腕杆を支持し、且つ前記止め体の透孔に、前記支え杆と腕杆の各基端部を挿嵌して係止する如くしたことを特徴とする椅子。」